雑記

マサさん(中島正明さん)の訃報を受けて

2021年7月16日にマサさんが亡くなった。

ヨガ界のスター。私の瞑想の先生、中島正明さん。通称マサさん。

7月18日、私たち家族は朝から海水浴に出かけていた。
1年ぶりの海を楽しみ、自宅でお夕飯の準備をしている途中に何気なく開いたFBで訃報を知ることに。
あまりに突然の出来事にしばらく放心し、しばらくして怒りの感情が湧いてきた。

変わらず愚かな自分に。
実父母も、幼馴染も、突然逝ってしまったじゃないの。
それをさんざん後悔したのにまた同じことをやったね、と。

人の死に関して、実は私なりに明確な定義がある。

シンプルに、その人に会うことも触れることも話すこともできない。

ただ、それだけ。
あくまで残された人間側の視点なんだけど。
死後の世界なんて知らないし、分からない・・
そりゃああればいいかもしれない、素敵だとも希望もある気もするけど。

 

マサさんとの出会いは、2011年の東日本大震災のあった年だった。
忘れもしない、8月に原宿で開催されたアシスト・アジャストコース。

私にとってはその年の6月に母と突然の別れをすることにもなった年。
残された家の処分等の事務的なことに忙しく、
父母の実家の大分と鹿児島に行ったり、何かと変化の大きい時だった。

同時に、ヨガのインストラクターとして駆け出しだった私は当時所属していた団体とのことや
インストラクターとしての在り方等、何かと悩みが尽きずくすぶっていた。

そんな中、ひょんなことからマサさん開催のコースを知り、何となく良さそうだと。
ただ、そこは慎重な私、いきなりコースに申し込むのも何なのでこっそりマサさんのレギュラークラスに
参加してみた。

スタジオでマサさんが現れるのを待ちながら、どんな人なんだろうとワクワクしていたのを覚えている。
さらっと扉から姿を現したマサさんの印象は、

背、高っ。(いや、でかっ。だったかもしれない)

不思議な雰囲気を身にまとうマサさんに興味を持ち、きっと素敵な経験になるだろう・・とコースに参加することに。

8月、お日様がさんさんと輝く暑い日に正式にマサさんと会うことになる。
とてもとても、そのコースを楽しみにしていた私は早くに原宿駅に到着し、開始時間よりもずいぶん早く
会場に入った。

その時のマサさんのびっくりしたような、キョトンとした表情を今でもよく覚えている。
(早いよ、来るの。って思っていたはず)

アシストアジャストコースというヨガのインストラクターにとって方法論、技術を学ぶような
ネーミングだったけれど、その時からマサさんは本質的な指導をしていたと思う。

このポーズの時は、こうやってここを直して・・とかそんなことではなく、インストラクターとしての在り方、心構え、、そんなようなこと。

コースが終わった後、マサさんからアシスタントとして一緒にやってみない?と、
声をかけてもらった時は嬉しさと、自分なんかで良いのか?という気持ちで複雑だったけれど
この人とヨガをしたい、という気持ちの方が断然大きかった。

そんなわけで、全くもってポンコツで役立たずなアシスタントだったけど、
少しの間マサさんの側でたくさんのことを学ばせてもらえた。

マサさんに出会うまで、私は

自分の観ている世界がそのまま存在している、と思い込んでいた。

でもそうではなく、

自分が観たいように観ている。

ということを本当に落とし込めた(腑に落ちた)。

他にも、

インストラクターの役割は、そこにいる人が安全安心でヨガをする場を提供すること。

他の誰にもなる必要なんかない、自分らしくいていい。

いつもマサさんは、

潤子は人を元気にする力があるよ、

そのままでいいんだよ、やりたいようにやってごらんよ。

そんな風に言ってくれた。
ポンコツでも役立たずでも、責められたことなんてなかった。

本当の意味で、その人それぞれが輝く、という本当の本当のことを知っていた人なのだと思う。

マサさんといる間に、いつの間にかインストラクターとしての仕事が増え、
食えるようになっていた。
あんなに暇だったのに笑

マサさんとの思い出は尽きない。
あの頃、私たちは今より少し自由だったのだと思う。

私自身、結婚はしていたけどまだ子供はいなかったのもあり
思うままに、ヨガをして、瞑想をして、仲間たちと飲んで、語って、、、
期間限定の、特別な時間。

その時に感じた気持ちを全く同じように取り出すことはできないけれど、、
一緒にいた人たちのことをふと思い出すことはこれまでも何度もあった。

なおさん・・私の思うすごいアーサナをとる2人のうちの一人

のぶさん・・出会ってからみるみるうちに自分の殻を破っていった人

おすみさん・・マサさんを通じて知り合った人の中で最も美しい人

いしちゃん・・いつも温かい目でみんなを見、話を聞いてくれた人

他にも書ききれないほど、たくさんの人との関わり。
マサさんを通じて、その時だけの特別な時間を過ごしてきた。

もうずっと会ってもいないし、話もしていないけど。
みんなそれぞれの場所で、元気にやってくれているといいなと思う。

2013年の年末に会って以来、マサさんとは一度も連絡も取っていないし、
彼の発信することも見なかった。

自分から離れると決めたからには、もう少し誇れる自分にならないと会いたくない、と思っていた。
だけどその約8年の間、実は何度か会いに行こうと考えたこともあった。

マサさんのクラスを受けたいなぁ

一緒に瞑想をしたいなぁ

あとは、自分の中でぼんやりしていたことが、点と点で繋がった時。
マサさんと話がしたいと純粋に思った。

でも、行かなかった。
まだ、もう少し、思うような自分になってから・・

 

そうこうしているうちに、マサさんは旅立ってしまった。

 

いつでも会えると思っていたらこのザマ。

馬鹿だなぁ、私。
どんな私でも、マサさんは受け入れてくれるって知っていたはずじゃない。

まだまだ今も、固定観念に縛られた、小さな世界に住んでいるね私。

 

過去のマサさんとのやり取りを振り返ってみる。
一時、私の日々の瞑想のレポートをマサさんに見てもらっていた。
今の私はあの時のマサさんの年齢をゆうに越しているけれど、マサさんはずっとずっと先を歩いていた。
あの時、私なりに瞑想を深められたのはこの貴重な機会のおかげだったと思う。

 

出会ってすぐの頃、母を失った悲しみが癒えてない私にマサさんが言ってくれた事。

潤子は、お母さんは死んでしまった、居なくなってしまった、って思っているかもしれないけど
そんなことないよ。
いつも潤子のこと見て居てくれているから。
覚えておいてね。

その時は、ピンと来なかった・・のに、何かの折に
ふと顕在意識に浮かび上がってくる。

きっと大事なことは、必要な時に取り出せるように潜在意識に残るようにできている。

 

フルート奏者のYukariさんの曲、”Reminiscence"を久しぶりに聞いてみた。
私が一緒にいた当時、マサさんが気に入ってよくレッスンでかけていた曲。

心地よいフルートの曲に身を任せると、どんどん浮かんでくる。

Yukariさんとコラボしたイベントの自由が丘の夕日、

お気に入りのギター、

スタジオヨギー渋谷のスタジオ、

UTLのレギュラークラス、

龍源寺の瞑想会・フルプラクティス、

サルヴァトーレでの打ち上げ、

龍源寺からの帰り道、

 

こういうことなんだろうか?
私が望めば、いつでもそこに居るということ?

人との関わりがあるからこそ、自分という存在を感じることができる
ひとりでは生きられないんだよ

そういう大切なことを身を持って教えてくれたのがマサさんだった。
ともすれば、孤独に陥りやすいこの世の中で。

 

力強いアーサナと表現力と行動力、圧倒的な存在感でみんなを魅了し続けた人。

電話だと早口でボソボソ話すから、適当に相槌を打ったこともあったな・・(ごめんなさい)

私は私で、今の場所でもう少しやっていきますね。
子供も2人いるし、小さいし、私はまだ何もやり切っていないから。
余計な概念を外す、”人生という名のゲーム”をまだ楽しみますね。

 

そう、ボク止まると死ぬの。

マサさん、それマグロと同じじゃん!
みんなで笑った日が懐かしいよ。

一気に駆け抜けたマサさん、本当にありがとう、お疲れさまでした。

 
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体質改善サロン@大井

食べないダイエットや過度な糖質制限で、自身が不妊や体調不良に陥ったことから正しい体質改善ダイエットを研究・実践・発信しています。二児の母。ヨガ・ピラティス インストラクター。瞑想実践者。心理学から見たダイエットアプローチ。

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